法律家の休暇3
2025年2月3日
或スナック弁護士の覚書(3)
- 野毛にある某スナックをとりあげます。
- 大ママとママは親子で約50年も営業を続けている老舗店です。
- 客席は横並びのカウンターのみというスナックの基本形態です。
- 大ママは、二・二六事件の前日生まれとのことです。
- 某日、私は、連れ合いと同スナックに赴きました。
- 大ママは、連れ合いとしばらくやり取りをした後、唐突に言い放ちました。
- 「こんな良い子が。」
- 「おがわちゃんが言葉巧みにだまして結婚したんでしょ。」
- 大ママは、口の前で手をパクパクと開閉する手振りを繰り返しました。
- 「そうですね、おっしゃるとおりです。」
- 私も口の前で手をパクパクと開閉する手振りを模倣しました。
- 字面で見ると、とんでもないことを言っていますが、これは、もちろん冗談です。
- ただし、冗談は、声色や表現の機微によっては冗談ではなくなってしまいます。
- 非言語のニュアンスが冗談を冗談たらしめているのです。
- 単に連れ合いを褒めるだけの発言をしても、これだけの「場のうねり」は生まれないと思います。
- この絶妙に踏み込んだ冗談=非言語のニュアンスの駆使に大ママのコミュニケーションの妙技を垣間見た次第です。
- 昨今、巷で、やたらと「言語化」、「言語化力」の重要性が唱えられている印象を受けます。
- 私としても、「言語化」、「言語化力」の重要性は全く否定しません。
- これに加えて、言語化の過程でそぎ落とされた非言語の要素にも目を向けましょう、というささやかな戯言を提示させていただく次第です。
- 弁護士業務においても、相談時の聴取りや訴訟における心証開示など、多くの場面で非言語のニュアンスをくみとるべき場面があります1。
- また、三島由紀夫も、「名人の会話」に言語表現以外の要素を見出しています。
- かうして並べてみると、文壇人はさすがに会話上手である。
- …かういう名人の会話といふものは、いはゆる会話とはちがふのである。
- 言葉で表現する必要のない或るきはめて重大な事柄に関はり合ひ、そのために研鑽してゐるといふ名人の自負こそ、名人をして名人たらしめているものだが、さういふ人に論理的なわかりやすさなどを期待してはいけないのである。2
- 老舗スナックでの出来事は、自らの言語認識のあり方に再点検を促す劇薬でした。
令和7年2月3日
弁護士 小川健吾