法律家の休暇2
2024年8月14日
或スナック弁護士の覚書(2)
- 野毛の某スナックをとりあげます。
- マスターとママが夫婦で経営しています。
- このスナックは、平成3年に開店し30年以上の歴史があることに加えて、マスターが近隣の出身です。
- そのため、このスナックには、数十年来の付き合いの常連客が多数いらっしゃるようです。
- 某日に隣席にいらした方は、マスターと40年来の付き合いとのことでした。
- 「40年来の付き合い」と聞くと、物凄く親密な関係であるとの印象を受けます。
- しかし、その内実は、「昭和に知り合い、平成は一度も会わず、令和に再会した」とのことでした。
- 長期間の断絶を挟みつつも、関係性は継続していたということです。
- 私は、マスターに対して、お店をやっていく上で大切にしていることを尋ねました。
- マスターは、ただでさえ目力の強い目をさらに見開いて、言い放ちました。
- 「やっぱり人を見て話さないとね。」
- この一言には理屈抜きに押し切る力強さがありました。
- その後、ママが補足をしました。
- マスターは、お客さんの話を聴くことに力を入れすぎて、お客さんの顔を明確に覚えているのにもかかわらず名前を覚えていないことがよくある、とのことでした。
- 具体的には、以下のやり取りです。
- 「いらっしゃい!」
- 「おー久しぶり!この前は〇〇でしたね!」
- (その後、ママに対して小声で)「あの方のお名前何だっけ?」
- マスターにとって、名前は記号にすぎず、生身のお客さんにひたすら向き合うスタイルなのです。
- 「人を見て話す」とはここまでの徹底を意味することが分かりました。
- 我田引水となりますが、マスターの人と向き合う姿勢は、三島由紀夫の読書術にも通ずるものがあります。
- 三島由紀夫は、文学を読むための心構えとして次のように述べています。
- …私は、心持を水のやうにして、作品の中へ流れ入るやうに心がける。
- すると大ていな偏見も除かれ、どんなに自分のきらひな作家でも、その作家なりの苦心経営の跡を虚心に味はふことができる。
- …時間をかけたくなければ、偏見の色メガネをかけて読めばよいのである。1
- 弁護士業務において、法律要件や既存の判断枠組みを意識した上で、事情の聴取り、検討をすることは重要です。
- その反面、聴取り、検討の枠組みを限定してしまうことで、当該事案に特有の事情を見落としてしまう危険性があります。
- マスターの一言は、まずは偏見を排して生の事実に向かい合う重要性を再認識させてくれるのです。
- そして私は、またマスターと締めのレイニーブルーを一緒に歌うのでした。
令和6年8月14日
弁護士 小川健吾
- ^「私の読書術」『決定版 三島由紀夫全集35』374頁(新潮社、平成15年)